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事実は中立。でも人生を動かしているのは、いつも「解釈」だった
最近、心理学を学びながら強く感じていることがあります。
それは、出来事や事実そのものは中立なのに、人はそこに勝手に意味や色をつけて生きているということです。
うれしいことがあったから幸せになる。
嫌なことがあったから苦しくなる。
そう思いがちですが、実際にはそれだけではありません。
同じ出来事が起きても、ある人は前向きに受け取り、ある人は深く落ち込みます。
つまり、人を苦しめたり救ったりしているのは、出来事そのものだけではなく、その出来事をどう解釈したかなのだと思うのです。
事実はゼロ。でも人がプラスにもマイナスにもしている
私は最近、感情や主観というものを、プラスとマイナスのドライバーに少し似ているなと感じています。
事実はゼロ。
起きたことは、ただ起きたことです。
でも人はそこに、
- 解釈
- 意味づけ
- 勘違い
- 思い込み
- 位置づけ
を加えていきます。
そうすると、本来は中立だった出来事が、急にうれしいことになったり、逆にすごく嫌なことになったりする。
感情が悪いと言いたいわけではありません。
むしろ感情があるからこそ、人は豊かに生きられるのだと思います。
ただ、感情や主観が強くなりすぎると、事実がぼやけたり、実像よりも大きく見えてしまったり、時には虚像のようになってしまうこともあるのでしょう。
マイナスの感情に、無理やりプラスをねじ込むと心が壊れる
ここで大事だと思ったのが、感情との向き合い方です。
悲しい。
悔しい。
イライラする。
不安になる。
そんなマイナスの感情が出てきたとき、無理やり前向きにしようとしてしまうことがあります。
でもこれは、マイナスのネジにプラスドライバーを無理やり差し込んで回そうとするようなものかもしれません。
当然、うまく回りません。
それどころか、ネジ穴がバカになるように、心のほうが先に壊れてしまうこともあります。
だからこそ、マイナスの感情はマイナスのまま、一度そのまま受け止めることが大切なのだと思います。
「今、自分は悲しいんだな」
「悔しいんだな」
「不安なんだな」
それを無理に打ち消さない。
まずは、その感情に合った向き合い方をすること。
それが、心を大切にすることにつながるのだと思いました。
でも、解釈があるから人間関係は面白い
一方で、解釈や主観は悪いことばかりではありません。
たとえば誰かと話していて、
「AさんってCさんに似てるよね」
「いやいや、AさんこそCさんに似てるよ」
みたいな会話で盛り上がることがあります。
これは、厳密には事実かどうかわからない話です。
でも、そこにその人なりの見え方や感じ方があるから、会話が膨らみ、笑いが起き、関係が深まることがあります。
つまり、人は事実そのものだけで生きているのではなく、解釈を持ち寄ることで関係を作っているのかもしれません。
伝言ゲームも同じです。
前と後では全然違う言葉になってしまう。
本当なら誤解の原因にもなるのですが、ゲームになるとそれが面白い。
人間って、そういう不正確さやズレも含めて、おもしろい生き物なのだと思います。
AIは正確。でも人間は寄り道をする
このことを考えていたら、AIと人間の違いも少し見えてきました。
AIは、事実を正確に整理したり、最短距離で答えを出すのが得意です。
まるでカーナビみたいです。
目的地まで、早く正確に連れていってくれる。
これは本当にすごいことです。
でも人間は、寄り道をします。
道草も食います。
勘違いもします。
余計なことも考えます。
そのせいで遠回りすることもあるし、苦しくなることもあります。
でもその寄り道の中で、思いがけない発見をしたり、新しい景色を見たり、自分の価値観に気づいたりもする。
だから、人間は非効率だけれど、そこに面白さもあるのだと思います。
正解探しより、自分の心に向き合うこと
今は情報も選択肢も多い時代です。
だからこそ、人は「正解は外側にある」と思いやすいのかもしれません。
自分探しや正解探しの旅に出てしまう。
でも、その旅は徳島の鳴門の渦みたいなものかもしれません。
旅は楽しい。
でも、ぐるぐる回っているうちに、頭まで混乱してしまう。
本当は、誰かの正解を探すことよりも、
自分の価値観や心に向き合うことのほうが大事なのだと思います。
自分は何を大切にしたいのか。
何にうれしさを感じるのか。
何がつらいのか。
どういう時に心が整うのか。
そこに向き合うことが、自分にとっての正解に近づく道なのだと思います。
最後に
出来事や事実は中立。
でも人は、そこに意味をつけ、色をつけ、解釈を加えて生きています。
だからこそ苦しくもなるし、救われもする。
誤解も生まれるし、関係も深まる。
人間は、正確じゃない。
でもその不正確さの中に、感情があり、物語があり、人生があります。
だから私はこれからも、事実と解釈を分けて見られるようになりたいです。
そして、マイナスの感情を無理に消すのではなく、そのまま受け止めながら、自分の心と丁寧に付き合っていきたいと思います。
正解は、外にあるのではなく、
やっぱり自分の心の中に少しずつ見えてくるものなのかもしれません。
