例えば、自分の価値観が「赤」だとします。
本当は赤として生きている時が、いちばん自分らしいから。
赤は情熱で、いろいろと行動していきたいイメージ。
でも、自分軸が弱っていたり、メンタルが落ちていたりすると、
他人の「青」がとても魅力的に見えることがある。
「あの人みたいに生きたらうまくいくかもしれない」
「あの人の考え方を取り入れたら、自分も変われるかもしれない」
青は落ち着いているイメージ。
そう思って青を混ぜる。
すると、赤だった自分は紫になる。
最初は新鮮ですよね?
新しい自分になれた気がして、少し嬉しくもなる。
でも時間が経つと、だんだん違和感が出てくる。
なんか自分らしくない。
頑張っているのに満たされない。
本当は何がしたかったのかわからない。
すると今度は、黄色の価値観を持つ人が羨ましくなる。
「やっぱりあの人みたいな生き方のほうが正解なのかな」と
思って、さらに黄色を混ぜる。
赤に青を混ぜ、黄色も混ぜる。
いろんな価値観を取り入れているつもりなのに、
気づけば本来の赤からどんどん遠ざかっていく。
色を混ぜすぎると黒に近づくように、
他人の価値観を混ぜすぎると、
自分が何色なのかわからなくなる。
黒になってしまうと、何を混ぜても黒っぽく見える。
何を学んでもしっくりこない。
誰の言葉を聞いてもまた迷う。
まるで、価値観の迷路に入ったような状態。
白を混ぜれば少し薄まって灰色になるかもしれない。
でも、自分を消しすぎると、今度は透明になってしまう。
誰にも染まらない代わりに、自分の輪郭まで見えなくなる。
だから大切なのは、他人の色を否定することではない。
青にも良さがある。
黄色にも魅力がある。
誰かの価値観に触れることで、自分の世界が広がることもある。
でも、自分の赤を知らないまま混ぜ続けると、
自分が何者かわからなくなる。
自分は何に喜びを感じるのか。
どんな人間関係が心地いいのか。
何をしている時に安心するのか。
何に違和感を覚えるのか。
どんな生き方なら納得できるのか。
そこに、自分の色がある。
その自分の色こそが価値観なのかと。
他人の色を借りてもいい。
でも、自分の色を失わないこと。
自分の価値観を知ることは、自分の色を取り戻すこと。
そして、自分の色で人生を描き直していくことなのだと思う。
また、「色」は、価値観・感情・雰囲気・状態を表す言葉だと言われている。
顔色は、その人の感情や体調が外に出る色。
色眼鏡は、偏見や思い込みを通して物事を見ること。
特色は、その人の持ち味や特徴。
本色は、本来の自分の姿。
色を失うは、他人軸になったときのイメージ。
このように、色という言葉は価値観と相性がいいですよね。
自分の色を知ることは、自分を知ること。それが自分の価値観と向き合うこと。
周りのマーケてぃぐに翻弄されないように自分をもっていたいものですね。
