カウンセリングや心理学を学ぶ中で、痛感したこと。

カウンセリングを受けると、新しい自分に変われる。

のでなく、

禁止令や思い込みでつらくなった自分から

本来の素直で真っ白な自分に戻していく行為だよね。

※禁止令については👇

「新たな自分」ではなく、「素の自分」に戻るだけ

人は生きている中で、いろいろな思い込みを持つ。

「人を信頼してはいけない」
「自分の気持ちを出してはいけない」
「弱さを見せてはいけない」
「ちゃんとできないと価値がない」

そうやって、いつの間にか自分を守るためのルールを作っていく。

でも、そのルールが強くなりすぎると、本来の自分が見えなくなってしまう。

本当は怖いのに、怖くないふりをする。
本当は悲しいのに、平気なふりをする。
本当は助けてほしいのに、一人で抱え込む。
本当は弱いところがあるのに、無理に強くなろうとする。

でも、怖いなら怖いでいい。

悲しいなら悲しいでいい。

弱いなら弱いでいい。

それを否定せずに感じることが、まず大事なのだと思う。

こわくなんかいもん!って言っている子どもと同じかな。怖いってバレているのにウソをつかれて少し悲しい感覚

その強がりが、自分の心とかけはなれていくイメージ

その思い込みが自分を苦しめている。その思い込みを取り除くのがカウンセリングですね

弱さは、無理に強さに変えなくていい

気が弱い。僕の性格でもあるけど、心のクセだと感じていて。気が弱いことは欠点でしょうか?

見方を変えると、それは優しさでもあると思います。

人に強く言えないのは、相手を傷つけたくないから。

人の反応が気になるのは、空気を感じ取る力があるから。

争いを避けたいのは、穏やかに関わりたい気持ちがあるから。

つまり、気が弱いということにあらゆる人が勝手に解釈を入れているだけ。

それは伝言ゲームの前後みたい。最初の「Aさんは気が弱い」最後の「Aさんは頼りなくて不安」

そうやって人の解釈や刷り込みでマイナスイメージになりがち。

弱さを無理に強さに変えようとするから、価値観のズレ

怖いのに、怖くないと言い聞かせる。

弱いのに、強い人のふりをする。

しんどいのに、平気なふりをする。

それは、自分を大切にしているというより、自分の感情を押し込めているだけなのかも。

本当に強い人は、怖い時に怖いと言える人なのだと思います。

無理な運転を怖いと感じず、気持ちよいと感じる人は事故を起こしやすいから。

助けてほしい時に、助けてほしいと言える人。

無理に1人で抱え込んでやろうとするから、「なんで俺だけ」と怒りがち。みんなでやるから、スムーズだし、みんなとやるから楽しい。

長男、長女の人は親に厳しくされてきたから甘えたり、頼ることを知らない人も多い

自分の弱さを見ないふりするのではなく、弱さを弱さとして受け止められる人。

自分が弱いと俯瞰できている証拠。主観でなく理性で判断できる人でもある。

弱さは、弱さのままでいい。それは、その人の優しさでもあるからです。ありのままの自分を受け入れている。自分の価値観に素直で曲げない。

曲げたり、また戻したりすると針金みたい。

 

欲しかったのは、ノウハウではなく安心だった

これまで僕は、変わるためのノウハウや、稼ぐための方法を探してきました。

コンサルを受ければ・・

コミュニティに入れば・・

成功者の話を聞けば、・・

そう思っていた時期があります。タラればが〇〇に

でも今振り返ると、少し違ったのかもしれません。

ノウハウではなく、安心が欲しかった。

コンサルではなく、壁打ちが欲しかった。

コミュニティではなく、自分の価値観をわかってくれる人が欲しかった。

稼ぐ方法ではなく、自分の不安を整えたかった。

変われる自分になるための方法ではなく、ありのままの自分を大切にできる感覚が欲しかったのだと思います。

ただ受け止めてくれるだけでいい

僕が好きな言葉があります。

ただそばにいるだけでいい。

ただ話を否定しないで聞いてほしい。

ただ寄り添ってくれるだけでいい。

これは、カウンセリングでいう受容、繰り返し、明確化、質問、感情の受け入れ、感情への寄り添いに近いと思います。

人は苦しい時、すぐに答えがほしいわけではないことがあります。

正論がほしいわけでも、アドバイスがほしいわけでもない。

まずは、

「そう感じているんだね」
「つらかったんだね」
「怖かったんだね」
「そう思うくらい苦しかったんだね」

と受け止めてほしい。

自分の意見を言われると、相手は聞く姿勢になります。

すると、心がほぐれる前に、緊張してしまうことがあります。

「ちゃんと理解しないと」
「何か返さないと」
「間違えたら否定されるかもしれない」

そんなふうに感じることもある。

恋愛のときも女性は、ただ答えがほしいのでなく、ただ聞いて受け止めてほしいの感覚

だから、心がほぐれる関わりは、自分の正しさを伝えることではなく、相手の感じている世界にそっと寄り添うことなのだと思います。

人の心は、正しい意見でほぐれるのではなく、否定されずに受け止めてもらえた時に、少しずつほどけていく。

未処理の感情は、形を変えて繰り返す

そしてもうひとつ思うのは、根本の感情を処理しないと、また人や場所を変えて同じことを繰り返してしまうということです。

我慢しても繰り返してしまう。

環境を変えても、また同じようなことで苦しくなる。

人を変えても、また似たような反応をしてしまう。

それは、意志が弱いからではなく、未処理の感情が残っているからかもしれません。

イライラするからイライラしているのではない。

その奥に、過去にわかってもらえなかった悲しさがあるのかもしれない。

怒っているように見えて、本当は寂しかったのかもしれない。

女子の怒りながら泣くみたいな

責めているように見えて、本当は傷ついていたのかもしれない。

今の出来事に反応しているようで、過去の感情が今に重なっていることがある。

注意された時に否定と感じるのも、今の言葉だけが原因ではないのかもしれない。

過去に怒られた時の嫌な気持ち。

失敗した時に責められた感覚。

ちゃんとできないと認めてもらえなかった記憶。

そういうものが、今の言葉に色をつけていることがある。

表面だけ対処しても、またぶり返す

これは、アリの巣に似ていると思いました。

目の前に出てきたアリを一匹ずつ駆除しても、巣が残っていればまた出てくる。

感情も同じで、表面に出てきた怒りやイライラだけを抑えても、根っこの悲しさや寂しさが残っていれば、また形を変えて出てくる。

怒らないようにする。

我慢する。

気にしないようにする。

別の人と関わる。

別の場所に行く。

それも一時的には必要かもしれません。

でも、根っこの感情が未処理のままだと、また同じような場面でぶり返す。

だから大事なのは、目の前のイライラを消すことだけではなく、その奥にある感情を見にいくことなのだと思います。

「自分は何に傷ついたのか」
「本当は何をわかってほしかったのか」
「どんな悲しさが残っているのか」
「どんな思い込みを持ったまま生きてきたのか」

そこを見ないと、同じことを繰り返してしまう。

変わるより、ほどいていく

だから僕は、これからの自分に必要なのは、無理に変わることではないと思っています。

強い自分になることでもない。

稼げる自分になることでもない。

成功者の型に自分を合わせることでもない。

必要なのは、自分の中に残っている思い込みや未処理の感情を、少しずつほどいていくこと。

怖いなら怖いと感じる。

悲しいなら悲しいと感じる。

弱いなら弱いと認める。

そのうえで、

「それでも自分はどう生きたいのか」

を考えていくこと。

自分の弱さを否定しない。

自分の感情をなかったことにしない。

過去の反応のクセに気づく。

ありのままの自分に戻っていく。

それが、自分を大切にして生きるということなのかもしれません。

まとめ

カウンセリングは、新しい自分に変身するためのものではなく、思い込みで見えなくなった本来の自分に戻っていくためのもの。

弱さは、無理に強さに変えなくていい。

怖いなら怖いでいい。

悲しいなら悲しいでいい。

その感情をそのまま受け止めることから、自分を大切にする生き方は始まるのだと思います。

表面のイライラを我慢するだけでは、また繰り返してしまう。

アリを一匹ずつ駆除しても、巣が残っていればまた出てくるように、未処理の感情が残っていれば、また別の形で顔を出す。

だからこそ、根っこを見る。

自分の感情を責めるのではなく、何を伝えようとしているのかを聞いてみる。

変わるのではなく、戻っていく。

強くなるのではなく、弱さも含めて自分を受け入れる。

僕に必要だったのは、変われる自分になるノウハウではなく、ありのままの自分を大切にして生きる感覚だったのかもしれません。