どうして勉強ってするの?

外側の正解ではなく、自分の価値観に戻るために

「どうして、勉強ってするの?」

もし子どもにそう聞かれたら、以前の僕なら、こう答えていたかもしれません。

いい学校に入るため。
いい会社に入るため。
将来困らないため。
選択肢を増やすため。

もちろん、それも間違いではないと思います。

読み書きができること。
計算ができること。
社会の仕組みを知ること。
自然や体のことを知ること。

そういう知識は、生きていく上で大切です。

でも、心理学や価値観について学び、これまでの自分の人生を振り返る中で、僕は少し考え方が変わってきました。

勉強は、ただ正解を覚えるためにするものではない。

勉強は、自分がどんな人間なのかを知るためにするものなのかもしれません。


勉強は「外側の正解」を覚えるものだと思っていた

僕は昔、勉強とは外側にある正解を覚えることだと思っていました。

テストでいい点を取る。
偏差値の高い学校に行く。
先生に褒められる。
親に安心してもらう。
社会から認められる。

そういうものが、勉強の目的だと思っていたところがあります。

だから、勉強ができることは良いこと。
成績が良いことは正しいこと。
偏差値が高い方が人生はうまくいく。

そんなふうに考えていたのかもしれません。

でも、実際の人生はそんなに単純ではありませんでした。

僕は国立大学を卒業しました。

けれど、20代で3回転職しました。

新卒でホワイト企業に入っても、営業が合わずに退職しました。

経験があるからと営業職を選んでも、食品会社では半年でクビになりました。

結局、今はスーパーでお肉を切る仕事を17年続けています。

学歴や経歴だけで見ると、今の仕事は「遠回り」に見えるかもしれません。

でも、自分の心の安定や人間関係、働き方の相性で見ると、今の仕事は僕にとって大切な場所になっています。

そこで気づいたのです。

勉強で大事なのは、外側の正解を取ることだけではない。

自分が何に向いているのか。
何をしている時に心が整うのか。
どんな環境なら無理なく続けられるのか。

それを知ることの方が、人生ではずっと大事なのかもしれないと。


勉強は、自分の心の反応を見る時間

勉強をしていると、自分の心がいろいろな反応をします。

国語で文章を読むのが好きな子もいれば、退屈に感じる子もいる。

登場人物の気持ちを考えるのが好きな子もいれば、漢字を覚える方が得意な子もいる。

理科で実験にワクワクする子もいれば、暗記が苦手な子もいる。

算数で答えが出ることに気持ちよさを感じる子もいれば、数字を見るだけで苦しくなる子もいる。

音楽や美術で表現することが好きな子もいれば、体育で体を動かすことに喜びを感じる子もいる。

大事なのは、得意か不得意かだけではありません。

その教科に触れた時、自分の心がどう動くのか。

そこに、自分の価値観や向き不向きのヒントがあると思うのです。

楽しいのか。
退屈なのか。
もっと知りたいのか。
すぐ疲れるのか。
人と一緒にやりたいのか。
一人で深めたいのか。
考えるのが好きなのか。
表現するのが好きなのか。
仕組みを知るのが好きなのか。
人の気持ちを考えるのが好きなのか。

勉強は、そういう自分の反応を知るための材料なのだと思います。


勉強は「自分のトリセツ」を作る材料

僕は、勉強とは自分のトリセツを作るための材料だと思うようになりました。

どんなことに興味があるのか。
どんなことに苦手意識があるのか。
どんな時に夢中になれるのか。
どんな環境だと安心できるのか。
どんな学び方なら続けられるのか。

それを知ることで、自分の扱い方が少しずつわかってくる。

たとえば僕は、営業のように未知の道に飛び込んで、人とどんどん関わっていく働き方は合いませんでした。

でも、ある程度流れが整っていて、その中で工夫する仕事は合っていました。

スーパーの仕事でも、段取りが見えていて、流れの中で小さな改善ができることに楽しさがあります。

ブログやnoteも同じです。

外側の正解を取りに行くというより、自分の経験を言葉にして整理していくことが楽しい。

人の話を聞いて、まとめることも好き。

これは、ただの仕事選びの話ではありません。

自分がどんな時に自然に力を出せるのか。
どんなことなら無理なく続けられるのか。
どんな関わり方なら心が整うのか。

そういう自分のトリセツを作っていくことが、勉強の本当の意味の一つなのだと思います。


外側からノウハウをもらっても、自分を知らなければ苦しくなる

これは、副業の経験ともつながっています。

僕はこれまで、外側からノウハウをもらえば、新しい稼げる自分になれると思っていました。

成功している人から学べば変われる。
実績のある人のやり方を真似すれば稼げる。
正しいメソッドを知れば人生が変わる。

そんなふうに思っていました。

でも実際には、ノウハウを学んでも苦しくなることが多かった。

なぜなら、そこに自分の価値観や向き不向きが置き去りになっていたからです。

自分は何を大切にしたいのか。
どんな働き方なら続けられるのか。
どんな人間関係なら安心できるのか。
どんなペースなら無理がないのか。
何をすると心がすり減るのか。

そこを見ないまま、稼ぎ方だけを学んでも、僕には合わなかったのだと思います。

ノウハウは大切です。

でも、ノウハウはあくまで外側の道具です。

その道具を使う自分の価値観や在り方が整っていないと、道具に振り回されてしまう。

だから今の僕は、勉強も副業も同じだと思っています。

外側の正解を覚えるためではなく、自分の内側を知るために学ぶ。

稼げる自分に変身するのではなく、自分らしく生きた結果として、誰かの役に立ち、稼げる形を見つけていく。

その順番が大事なのだと思います。


カウンセリングも、勉強も、原点回帰なのかもしれない

心理学やカウンセリングを学ぶ中で、僕はこう感じるようになりました。

カウンセリングは、新しい自分に変わるためのものではない。

本来の素直な自分に戻っていくためのものなのかもしれない。

人は成長する中で、いろいろな思い込みを身につけます。

しっかりしなければいけない。
人に迷惑をかけてはいけない。
弱音を吐いてはいけない。
失敗してはいけない。
期待に応えなければいけない。
結果を出さなければ価値がない。

そういう思い込み、刷り込み、決め込みが何重にも積み重なると、本来の自分が見えにくくなる。

本当は悲しいのに、平気なふりをする。
本当は怖いのに、強がる。
本当は甘えたいのに、一人で抱え込む。
本当は休みたいのに、頑張り続ける。

だからカウンセリングは、未来の別人になることではなく、過去に置いてきた本来の自分に戻る作業なのだと思います。

そして、勉強も本質的には似ているのかもしれません。

外側の知識を入れることだけが勉強ではない。

学びを通して、自分の反応に気づく。
自分の好き嫌いに気づく。
自分の価値観に気づく。
自分の向き不向きに気づく。
自分が本当に大切にしたいものに戻っていく。

勉強とは、外側に何かを足して別人になることではなく、自分の内側にあるものを思い出していくことなのかもしれません。


子どもに伝えたいこと

もし子どもに、

「どうして勉強ってするの?」

と聞かれたら、今の僕はこう答えたいです。

勉強は、いい点を取るためだけにするものではないよ。

もちろん、知識を身につけることも大切。

でも、それだけじゃない。

勉強は、自分がどんな人なのかを知るためにするものでもある。

何にワクワクするのか。
何に退屈するのか。
何を考えるのが好きなのか。
何を表現するのが好きなのか。
どんな時に夢中になれるのか。
どんなことをすると心が整うのか。

それを知るために、いろいろな教科に触れてみる。

全部が得意じゃなくていい。

全部を好きにならなくてもいい。

でも、いろいろ触れてみることで、自分の中にある反応が見えてくる。

それが、将来の仕事や生き方を選ぶヒントになる。

勉強は、誰かに認められるためだけのものではない。

自分の人生のハンドルを、自分で握るためのものなのだと思う。


勉強は、自分に還るためにする

僕は今、勉強の意味を少し違う形で見ています。

勉強は、外側の正解を覚えること。

そう思っていた時期もありました。

でも今は、勉強は自分に還るためにするものだと思っています。

世間の正解。
親の期待。
先生の評価。
成績。
偏差値。
肩書き。
稼げるノウハウ。
成功者の言葉。

そういう外側のものに振り回されるのではなく、自分の内側にある反応を見ていく。

自分は何が好きなのか。
何を大切にしたいのか。
どんな時に安心するのか。
何をしている時に心が整うのか。
どんな生き方なら自分らしくいられるのか。

それを知るために、僕たちは学ぶのかもしれません。

勉強は、未来のすごい自分になるためだけのものではない。

過去に置いてきた、本来の自分に戻っていくためのものでもある。

外側の正解を覚えるためではなく、自分の価値観に気づくために。

僕は、そういう勉強をこれからも続けていきたいです。