イライラでなく、クヨクヨに寄り添う。つまり、本当の感情に寄り添うことで心が軽くなる。火事の火元の鎮火と同じ。
目の前の女性が怒りながら泣いている場面を想像してください。
その時、表面だけを見ると、相手は怒っているように見えます。
それに対して、
オドオドして、つい言ってしまいがちなこと。
でも、これを言うと、さらに泣かれたり、もっと怒られたりしたことがありませんでしたか?
「あなたはわかっていない・・」って。
以前の僕は、その理由がわかりませんでした。でも心理学を学んで、少し見方が変わりました。
相手の女性の怒りにフォーカスして鎮火。
だけど、火に油を注ぐように余計にヒートアップしていた。
根っこの本当の感情である悲しみにフォーカスする。
「本当は悲しいんだね」って分かちあう。
悲しみに寄り添い、深呼吸をしながら一緒に感情処理をする。
今では、こうやって、相手の気持ちをくみ取りながら俯瞰してみるようにしています。
表面は怒り。でも本物の感情は悲しみかも
心理学では、本物の感情とラケット感情(にせものの感情)という考え方があります。
簡単に言うと、本当は感じている感情があるのに、別の感情として表に出てくることがある、ということです。たとえば、
本当は悲しい。でも、悲しいと言えない。
泣きたい。でも、素直に泣けない。
わかってほしい。でも、言葉にできない。
よくわからないけど、なぜかイライラ。
その結果、表面には怒りとして出てくることがあります。つまり、
本物の感情は悲しみ。ラケット感情(にせものの感情)として怒りが出ている。
そんな状態です。
怒りだけを止めようとすると逆効果に
表面に出ている怒りだけを見ると、こちらは怒りを止めたくなります。
「落ち着いて」
「怒らないで」
「冷静になって」
と言いたくなる。
でも、相手の中にある本物の感情が「悲しみ」だった場合、
「怒り」を止められることは、悲しみを見てもらえないことにもなります。
お互いに、イライラの正体がわからないのに、話の交点が分からず、話が交差するみたいですね。
会話でも一方通行で、ベクトルが違うと、イライラするみたいな感覚です。
で、相手からすると、
「そこじゃない」
「怒っていることを責められた」
「私の悲しさを見てくれていない」
「わかってほしいのに、またわかってもらえない」
となりがちです。
だから、怒りを鎮めようとするほど、怒りが強くなることがある。
怒りは、悲しみを守るフタのようなもの。
フタだけを押さえても、中にある悲しみは処理されない。
むしろ、その悲しみが見てもらえないことで、さらに苦しくなるのです。
コンプレックスと同じで、自分の劣等感を心の奥にしまい込んでも、モヤモヤが残るみたいな。
劣等感にフタをしても後で、お鍋のようにグツグツと煮えくり返ってくる。
心のフタがとれて、感情がぶり返して、余計に苦しくなる感覚をイメージしてみてください。
大事なのは、怒りの奥にある感情を見ること
怒りながら泣いている人に対して大事なのは、
まず表面の怒りを止めることではなく、その奥にある感情に寄り添うことだと思います。
「つらかったよね」
「悲しかったよね」
「寂しかったんだね」
「わかってほしかったんだね」
そうやって、本物の感情に近づいていき、
「どの場面がつらかった?」
「本当はどうしてほしかった?」
と聞いてみる。
ここで大事なのは、正解を出すことでも相手の感情を変えようとすることでもありません。
まずは、相手が感じている悲しみを、悲しみとして受け止めること。
「悲しいなら、泣いてしまうよね」
そう言ってもらえるだけで、人の心は少しほどけることがあります。
本物の感情が受け止められると、怒りは静まる
僕はこれまで、怒りながら泣く人に対して、
怒りを鎮めようとして、逆効果になった経験があります。
でも、本物の感情に寄り添ってみると、少し違う反応になることがありました。
そうやって、怒りの奥にある悲しみに触れる。まるで保育園の先生が、子供に寄り添うように。
すると、少しずつ相手の呼吸が落ち着いてくることがあります。
怒りがふっと弱まることもあります。それは、怒りを力で押さえたのではありません。
悲しみが受け止められて、怒りが役目を終えたからなのだと思います。
火事の火元を抑えると、火事もおさまっていくみたいな感覚です。
怒りは、本当の感情を守るために出ていたのかもしれないですね。
だから、本当の感情が見つかると、怒りは少しずつ静かになるのです。
感情処理は、表面ではなく根っこを見ること
これは、感情処理の大事なところだと思います。
表面に出ている感情だけを見ても、根っこに触れていなければ、同じことを繰り返してしまう。
怒っているように見えて、本当は悲しいかも。
泣いているように見えて、怒っているのかも。
黙っているように見えて、本当は怖いのかも。
強がるように見えて本当は助けてほしいのかも。
表面の反応だけで判断すると、ズレてしまう。だからこそ、
「今、表に出ている感情は何か」
「その奥にある本物の感情は何か」
を見ることが大切なのだと思います。
自分の感情にも同じことが言える
これは、相手に対してだけではありません。自分の感情にも同じことが言えると思います。
僕自身も、イライラする時があります。子どもに対して怒ってしまうこともある。
でも本当は、目の前の子どもにイライラしているのではなく、
過去の悲しさや寂しさが反応していることもあるのかもしれないからです。
そういうモヤモヤとして過去の未処理の感情が、今になって怒りとして顔を出すことがある。
クライアントさんの怒りの事例
長女であるクライアントさんの相談事例です。
だから、抱え込んで苦しいという相談内容でした。お話を聞く上で、分かったことがあります。
それは、過去に父親から
と、なんでも言われて、トラウマになって、今でも頭に思い浮かぶと分かったのです。
子どもながらにワケもわからないまま落ち込む暇もなく、クライアントさんは弟や妹のケアをしていました。
今になって、弟や妹にイライラして、なんで私だけって感情がメラメラと出てくる。
その時の感情が目の前の自分の子どもと重なってイライラしたりと。
仕事で人に頼らずに抱え込んで苦しい。でも、1人で自分でやらなきゃって。それは、昔、長女でしっかりしなきゃと思っていたから。
また、父親から何度も、しっかりしろ。と言われたからと結びついていることもわかりました。
クライアントさんは、自分のモヤモヤの原因がそれで分かってスッキリしたと言われていました。
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話を戻しますが、自分が怒っている時も、
「怒らないようにしよう」
だけではなく、
「本当は何が悲しかったのか」
「何をわかってほしかったのか」
「何が怖かったのか」
を見ていくことが大事なのだと思います。
「怒らないようにしよう」と強く自分を締め付けて、かえって苦しくなること。
忘れようとしてもっと忘れられない。悩まないようにしようとしてももっとモヤモヤすること。
あなたにもきっとあるはずですね?
「落ち着けよ」ではなく「悲しかったんだね」
人は、怒りを止められた時に落ち着くのではないと思います。
本当の感情をわかってもらえた時に、少しずつ落ち着いていくもの。だから、
と聞く方が、心にしみこみませんか?
もちろん、相手があまりに興奮している時は、安全を守ることも大切です。
でも、気持ちを受け止める場面では、表面の怒りではなく、奥にある本物の感情に触れることが大事なのだと思います。
まとめ
怒りながら泣いている人は、ただ怒っているだけではないのかも。
表面には怒りが出ていても、奥には悲しみ、寂しさ、傷つき、わかってほしかった気持ちがあることがあります。
その時に、怒りだけを止めようとしても、相手の心には届きにくい。
むしろ、「わかってもらえていない」と感じて、さらに苦しくなることもある。
大事なのは、怒りを鎮めようとすることではなく、その奥にある本物の感情に寄り添うこと。
「つらかったよね」
「悲しかったよね」
「本当はわかってほしかったんだよね」
そうやって本物の感情が受け止められた時、怒りは少しずつ役目を終えていくのかもしれません。
表面の怒りに反応するとぶつかる。
でも、本物の感情である悲しみに触れると、相手の心は少しずつほどけていくものなのですね。
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