変わるのではなく、ありのままの自分に戻っていく
カウンセリングや心理学を学んで痛感したこと。
カウンセリングを受けることは、新しい自分に変われるのでなく、本来の素直で真っ白な自分に戻していくことなんだ。
過去の何度も何重にも積み重なった、思い込み、刷り込み、決め込み。
その重圧で、つらくなった自分から、思い込みを緩めて解放される感覚に近い。
未来の新しい自分に変わるのでなく、過去の真っ新な自分に原点回帰する認識なんですよね。
「新たな自分」ではなく、「素の自分」に戻るだけ
人は生きている中で、様々な思い込みを持つ。

そうやって、いつの間にか自分を守るためのルールを作っていく。
でも、そのルールが強くなりすぎると、本来の自分が見えなくなってしまう。
でも、怖い、悲しい、弱い。それでいい。否定せずに感じることが、まず大事なのだから。
「こわくなんかいもん!」
って言っている、子どもと同じ感覚。
怖いってバレているのにウソをつかれて少し悲しい感覚に近い。
その強がりが心とかけ離れていくイメージ。
ウソをついて、その場だけ取り繕う。だけど、だんだんと後になって後悔や焦り、やってしまった感がマシマシになっていくことと似ている。
その思い込みが自分を苦しめている。その思い込みを取り除くのがカウンセリングですね。
弱さは、無理に強さに変えなくていい
気が弱い。僕の性格でもあるけど、自分の性格で変えられないものだと今までは感じていた。
でも、今は強く思う。
気が弱いことは欠点でしょうか?
見方を変えると、それは優しさでもある。
つまり、「気が弱い」ということにあらゆる人が勝手に解釈を刷り込んでいるだけ。
それは伝言ゲームの最初と最後みたいだよね。ゲームの最前列のAさんがお題で「Zさんは気が弱い」と聞き取る。
BさんCさん・・と進んで、最後のGさんは「Zさんは頼りなくて不安」と流れてきたとき。
事実が「Zさんは気が弱い」
解釈で「Zさんは頼りなくて不安」
と事実が解釈の重なりで全く違うものになる。
このように事実が人の解釈や刷り込みでマイナスイメージに膨らみがち。
だからこそ、弱さをマイナスに捉えがちなので、視点を変えてとらえてもらいたい。
弱さを無理に強さに変えようとするから、価値観のズレになる

それは、自分を大切にしているというより、自分の感情を押し込めているだけなのかもしれない。すべてが逆効果。
下のように、自分が感じたことをありのままに受け止めるから自分にも優しくなれるものと思う。
本当に強い人は怖い時に怖いと言える人
それは、無理な運転やスピードオーバーを怖いと感じず、気持ちよいと感じる人は事故を起こしやすいから。
怖いなら怖いでよい。安全運転をするから。
助けてほしい時に助けてと言える人
無理に1人で抱え込んでやろうとすると、「なんで俺だけ」と怒りがち。
みんなでやるから、スムーズだし、みんなとやるから楽しい。
長男、長女の人は親に厳しくされてきたから甘えたり、頼ることを知らない人も多いと僕の周りでもよく聞く。
弟や妹がいるから助ける側に回ることが多い。
反面、助けてもらうことが少なくて、頼ることが悪いと思い込むケースも多い。
弱さを弱さとして受け止められる人
自分が弱いと俯瞰できている証拠。主観でなく理性で判断できる人でもある。
弱さは、弱さのままでいい。それは、その人の優しさでもあるから。
ありのままの自分を受け入れていることであり、自分の価値観に素直に進んでいること。
無理に価値観を曲げることって、針金を曲げて、また戻すことを繰り返して、ポキッと折れる感覚に非常に近い気がする。
欲しかったのは、ノウハウではなく安心だった
これまで僕は、変わるためのノウハウや、稼ぐための方法を探してきた。

そう思っていた時期があった。しかし、「タラレバ」が結果にはならず・・。
でも今振り返って気づいたことは、
変われるための方法ではなく、ありのままの自分を大切にできる感覚が欲しかったのだと痛感。
ただ受け止めてくれるだけでいい
ただそばにいるだけでいい。
ただ話を否定しないで聞いてほしい。
ただ寄り添ってくれるだけでいい。
これは、カウンセリングでいう、受容、繰り返し、明確化、質問、感情の受け入れ、感情への寄り添いに近いと思う。
人は苦しい時。すぐに答えがほしい。正論がほしい。助言がほしいわけでもない。
まずは、
と受け止めてほしい。そう、幼稚園の先生が、園児に語り掛けるように。
意見を言われると、人は聞く姿勢になる。すると、心がほぐれる前に緊張してしまうことがある。
「ちゃんと理解しないと」
「何か返さないと」
「間違えたら否定されるかもしれない」
そんなふうに感じることもある。
泣いている子どものように、人は、ただ聞いて受け止めてほしいだけの時もある。
人の心は、正しい意見や助言でほぐれるのではなく、否定されずに受け止めてもらえた時に、少しずつほどけていくものだと思う。
未処理の感情は、形を変えて繰り返す
そしてもうひとつ思うのは、根本の感情を処理しないと、また人や場所を変えて同じことを繰り返してしまうということ。
我慢しても繰り返してしまう。
環境を変えても、また同じことで苦しくなる。
人を変えても、似たような反応をしてしまう。
それは、意志が弱いからではなく、未処理の感情が残っているからかもしれない。
イライラするからイライラしているのではない。
怒っているように見えて、寂しかったのかも。
責めているように見えて、本当は傷ついていたのかも。
その奥に、過去にわかってもらえなかった悲しさがあるのかもしれない。
今の出来事に反応しているようで、過去の感情が今に重なっていることがある。
注意された時に否定と感じるのも、今の言葉だけが原因ではないのかもしれない。
過去に怒られた時の嫌な気持ち。
失敗した時に責められた感覚。
ちゃんとできないと認めてもらえなかった記憶。
そういうものが、今の言葉に色をつけていることがある。
表面だけ対処しても、またぶり返す
ぶり返す現象は、アリの巣に似ていると思った。
目の前に出てきたアリを一匹ずつ駆除しても、巣が残っていればまた出てくる。
感情も同じで、表面に出てきた怒りやイライラだけを抑えても、根っこの悲しさや寂しさが残っていれば、また形を変えて出てくる。
だから大事なのは、目の前のイライラを消すことだけではなく、その奥にある感情を見にいくことなのだと思う。
「自分は何に傷ついたのか」
「本当は何をわかってほしかったのか」
「どんな悲しさが残っているのか」
「どんな思い込みを持ったまま生きてきたのか」
そこを見ないと、同じことを繰り返してしまう。
その過去のぶり返しの引き金にフォーカスすることで感情のぶり返しがおさまることもあるのです。
変わるより、ほどいていく
必要なのは、自分の中に残っている思い込みや未処理の感情を、少しずつほどいていくこと。
怖いなら怖いと感じる。
悲しいなら悲しいと感じる。
弱いなら弱いと認める。
そのうえで、
「それでも自分はどう生きたいのか」
を考えていくこと。
自分の弱さを否定しない。
自分の感情をなかったことにしない。
過去の反応のクセに気づく。
ありのままの自分に戻っていく。
それが、自分を大切にして生きるということなのかもしれません。
まとめ
カウンセリングは、新しい自分に変身するためのものではなく、思い込みで見えなくなった本来の自分に戻っていくためのもの。
弱さは、無理に強さに変えなくていい。
怖いなら怖いでいい。
悲しいなら悲しいでいい。
その感情をそのまま受け止めることから、自分を大切にする生き方は始まるのだと思います。
表面のイライラを我慢するだけでは、また繰り返してしまう。
アリを一匹ずつ駆除しても、巣が残っていればまた出てくるように、未処理の感情が残っていれば、また別の形で顔を出す。
だからこそ、根っこを見る。
自分の感情を責めるのではなく、何を伝えようとしているのかを聞いてみる。
変わるのではなく、戻っていく。
強くなるのではなく、弱さも含めて自分を受け入れる。
僕に必要だったのは、変われる自分になるノウハウではなく、ありのままの自分を大切にして生きる感覚だったのかもしれません。
お気軽にお声がけください
「ともはるさんと同感です!」
私の知り合いの池部さんにも嬉しいお声を最近も頂きました。
SNS運用と発信歴5年、100人以上の方と無料相談をしてきた実績から、
ぜひ、気になることがありましたら、お気軽にインスタよりDMを送ってくださいね。


