一生、つかめない、馬のニンジン🥕

パン食い競争🍞目標がゴールなのに、目的が、甘くておいしいメロンパン。

ショッピングを楽しむための買い物🧺欲しいものは、なし。

 

これらは目標、目的、手段がズレている状態。

こんな状態で副業を7年やっていたと思うとゾッとする。

生活するにはお金が必要。だから、お金があれば安心。なければ不安。

安心するためにお金がほしかった自分。だけど、欲を満たすためにお金を使っていた。

つまり、ノウハウを買って安心する自分がいた。

家族を安心させたくて副業をはじめたのに、自分が安心をもとめていた。

課金するにつれて自分が不安になるから、家族も不安になっていた。

不安から逃げるためにお金を求めていた。

お金と安心のどちらが先か。不安と焦りが判断基準をおかしくしていたこんな過去だった。

 

こんな経験は、ありませんか?

欲は、追うほど遠ざかるニンジンみたいなもの。

ゴールに向かっているつもりで、途中の旨い、甘い話に夢中になってしまうことがあった。

欲しいから買うのでなく、満たされないから買ってしまっていたノウハウ。

欲を満たせば満足しているようで、実は不足感が増していた。

 

だからこそ、欲を追うより、整えることが大事。

思い当たる節がある人は、ぜひ最後まで見て僕を反面教師にしてください。

競合スーパーができただけで、人生や心まで閉ざしていた

 

 

2009年。今のスーパーで働きだす。当時29歳。

人員の関係で精肉部門に配属。

精肉は、素人で初心者。だけど、懸命に働いて10年。2019年になったとき。

周りの同僚が次から次へと転職。

他社の小さいスーパーが倒産か合併が続く。

だから、会社が危ないと勝手に思い込んでいた。

 

目の前の出来事は事実

近くに大きなスーパーができるから、売上が厳しくなるかもしれない。

売上が厳しくなることは事実であるが、僕の頭の中は不安でいっぱい。

 

自分の推測は主観で事実ではない

「もう会社はダメかもしれない」
「このままだと生活が危ない」

「小さい他のスーパーが倒産したからうちも危ない」「副業しないといけない」

 

周りを見て焦りと不安が増していく当時。焦る時ほど、悪く考えるのが人間。

確かに競合ができれば売り上げが厳しくなるのは事実。けど、会社がつぶれるかは不明。

会社の決定権は、社長が決めるのに、勝手に自分で決めるなって当時の自分に伝えたい。

当時の僕は、焦りと不安で、勝手に未来を悪く決めていた。

お金を追うほどに、後ろから不安に追われていた

 

「いくら稼ぎたいですか?」

そう聞かれて、あなたは即答できますか?

「とりあえず、月100万」と答える人もいれば、分からない人もいるのが多いと思う。

「なぜ100万円なのか」と詳しく聞かれると、はっきり答えられない人も多い。

その100万に自分なりの基準がないまま追いかけると、キリがない。

僕も副業をしたてのときはボヤっとしていた。

ただ、心の不安の埋め合わせで副業をしていた。

月10万円でも月30万でも不安。物価高の今。いくらあれば安心かもわからないから。

結局、金額の問題ではなく、安心の基準が自分の中にないことが苦しさを生むとわかった。

ノウハウの足し算が、不安の掛け算になっていた

 

当時は、不安から逃げるための副業だったと振り返る。稼げる正解が落ちていると思っていた。

成功者から学ぶ。
実績者の真似をする。
ノウハウを足していく。

 

そうすれば、自分も変われると思っていたが、学べば学ぶほど苦しくなっていた。

なぜなら、そこに自分の価値観や向き不向きが置き去りになっていたから。

変な違和感。でも正解だからつらくてもやる。

これって受験勉強と同じやんって後で気づくんだよね。

合格するための勉強。自分のための勉強じゃなかった。いわゆる、自分軸と他人軸みたいなところ。

知識やノウハウは、プラス。

でも、自分の土台が整っていないまま学びを足しても、プラスにならないこともある。

算数で言えば、10+10と積み上げているつもりでも、最後に心の土台で−10をかけてしまえば、一気にマイナスになるみたい。

 

本来なら自分を助けるはずの学びが、

「まだ足りない」
「もっと学ばなきゃ」
「結果が出ない自分はダメだ」

という自己否定に変わってしまうと気づいた今日である。

バームクーヘンを育てているつもりが、詰んだテトリスやオセロゲームをしていた

自分の価値観で積み重ねた経験。それはまるで、バームクーヘンやミルフィーユの層のよう。

積み上げることで後で生きてくるものだと経験上強く思う。

転職した経験。
副業で遠回りした経験。
メンターを変え続けた経験。
インスタを乗っ取られた経験。
会社で異動して、またゼロから人間関係を作った経験。

 

その時は失敗に見えても、自分の価値観を通して振り返れば、

自分だけのうま味や渋み、苦みになる。

それは、まるで子どもが大人になるにつれて、和菓子やビールのうま味や深みがわかるような感覚に似ていると僕は思う。

 

 

でも、自分軸がないまま、他人の正解やノウハウだけを積み上げても、自分の厚みにはならない。

他人の価値観で他人がやった結果であり、自分ができる保証は全くないし、再現性もない。

それは、バームクーヘンではなく、テトリスやぷよぷよをイメージしてほしい。

テトリスのテトリス狙い。一発逆転で転ぶみたいなことをやっていた。

しかも、ただ積んだだけではなく、狙い過ぎて、きつくなった「詰んだテトリスゲーム」になってしまう。

7年間、僕は経験の年輪という名のバームクーヘンを育てているつもりだった。

お金も欲も蛇口のように調整するもの

 

お金も、欲も、ノウハウも、悪いものではない。

でも、お金も欲も、追いすぎると、つかめない水のようになる。

もっと欲しい。もっと稼ぎたい。もっと認められたい。もっと満たされたい。

 

そうやって追いかけても、手ですくった水のように、気づけば指の間からこぼれていく。

まるで、お馬さんの前にぶら下げられたにんじん🥕みたいに、追っても追っても届かない。

だから、お金も欲も、追いかけるものではなく、扱うものであると今わかる。

そのために自分を管理するように、お金も欲も管理したいもの。

それは、水道の蛇口と同じで、開きすぎると、あふれてしまう。でも、閉めすぎても、水は流れない。

使いすぎても苦しくなる。使わなさすぎても、心の中で淀む、濁る、滞留するみたいな。

大事なのは、ちょうどいい量で流すこと。

お金も、欲も、感情も、エネルギーも、適切に使えば循環する。

食べ物も同じで、食べるだけ食べて出さなければ、体の中で苦しくなるみたい。

 

入れるだけはなく、出すことも必要。インプットとアウトプットと同じ。

学びも、お金も、欲も、感情も、ため込むだけでは重くなる。

自分の中に取り入れて、消化して、必要な形で外に出す。それが循環なのだと思う。

これからも、お金と欲に追われることなく管理をする。循環するような活動をしていく。

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「ともはるさんと同感です!」

私の知り合いの池部さんにも嬉しいお声を最近も頂きました。

 

SNS運用と発信歴5年、100人以上の方と無料相談をしてきた実績から、

ぜひ、気になることがありましたら、お気軽にインスタよりDMを送ってくださいね。

 

 
 
 
自分の価値観についても6年の経験からnoteに書いているので、ぜひ読んでみてください。