「変える」のでも「変わる」のでもなく、ありのままの自分に戻っていく。
最近、カウンセリングや心理学について考える中で、ひとつ思ったことがあります。
カウンセリングを受けると、まったく新しい未知の自分に出会える。
そんなイメージを持つ人もいるかもしれません。でも僕は、少し違う気がしています。
カウンセリングは、新しい自分に変わるためのものではなく、
禁止令や思い込みで見えなくなった、本来の自分に戻っていくものなのかもって。
そんなふうに感じたことを書き留めていきます。
目次
「未来の新しい自分」に変わるのでなく、「ありのままの自分」に
人は人生で、いろいろな思い込みを持ちます。
そうやって、いつの間にか自分の心を守るためのルールを作っていく。
でもそのルールが強くなりすぎると、本来の自分が見えなくなってしまいます。
でも、怖いなら怖いでいい。
悲しいなら悲しいでいい。
弱いなら弱いでいい。
それを否定せずに感じることが、まず大事なのだと思います。
なぜなら、ざっくりと言うと、自分にウソをつくことが一番つらいからです。例えば、
「怖くなんかないもん!」って、幼い自分の息子が子どもらしくしてなかったとしたら。
本当は、怖いってバレているのに、変なウソをつかれた親のやるせなさ。
子どもが無理に周りに合わせて子どもらくしなったとしたら。
悲しすぎませんか?否定せずに自分の感情をありのままに感じるから、素直さや人に頼っていいんだという安心感がうまれるのです。
それを幼少期から抑え込んで生きていく結果が今の性格になっているのです。
弱さは、無理に強さに変えなくていい
気が弱いと思いこんでいた過去の自分。そんな自分が最近までいたんですよね。
普通に考えると、気が弱いことは欠点のように見えるかもしれません。
でも、見方を変えると、それは「優しさ」でもあると思います。
「弱さ」を無理に「強さ」に変えようとすると、自分の価値観からずれてしまうことがあります。
怖いのに、怖くないと言い聞かせる。
弱いのに、強い人のふりをする。
しんどいのに、平気なふりをする。
それは、自分を大切にしているというより、自分の感情を押し込めているだけなのかも。
怖くない。と強く思うほど、
余計に頭から離れない。
見てはいけない。と言われて、
余計に見たくなる。
人の感情っていつも逆のような気がしませんか?
本当に強い人は、怖い時に怖いと言える人。
助けてほしい時に助けてほしいと言える人。
自分の弱さを見ないふりするのではなく、弱さを弱さとして受け止められる人。
弱さは、弱さのままでいい。それは、その人の優しさでもあるからです。
「こわくなんかいもん!」での例えのところとかぶりますが、これも幼少期の出来事に大きく関係しています。
例えば、あなたが長男や長女だったとします。
| 子どもの頃に言われた言葉 | 心に残りやすい思い込み | 大人になってからの影響 |
|---|---|---|
| いつもしっかりしなさい | 甘えてはいけない。ちゃんとしていない自分には価値がない | 甘えることが苦手になる。弱音を吐けず、しんどくても平気なふりをしてしまう |
| すべて1人でやりなさい | 人を頼るのはよくない。自分だけで解決しなければいけない | 人に頼れず、抱え込みやすくなる。助けてほしいと言う前に限界まで頑張ってしまう |
| 男なんだから怖くない | 怖いと言うのは恥ずかしい。男なら強くなければいけない | 怖さを感じても認められず、無理をする。自分を守るサインを無視してしまう |
上の表のように、強くあろうとすることが、逆に弱みというか自分にとってマイナスになることもあるのです。
ノウハウでなく、安心したかっただけ
これまで僕は、変わるためのノウハウや、稼ぐための方法を探してきました。
そう思っていた時期があります。
でも今振り返ると、僕が本当に欲しかったものは、大きく違っていた。
変われる自分になるための方法ではなく、ありのままの自分を大切にできる感覚が欲しかったのだと思います。
自分を変える外側の答えでもなく、自分が変わる魔法のようなものでもなく、
ありのままの自分に戻ることだけだった。
ただ受け止めてくれるだけでいい
僕が好きな言葉があります。
ただそばにいるだけでいい。
ただ話を否定しないで聞いてほしい。
ただ寄り添ってくれるだけでいい。
これは、カウンセリングでいう受容、繰り返し、明確化、質問、感情の受け入れ、感情への寄り添いに近いと思います。
人は苦しい時、すぐに答えがほしいわけではないことがあります。
正論がほしいわけでも、アドバイスがほしいわけでもない。まずは、
「そう感じているんだね」
「つらかったんだね」
「怖かったんだね」
「そう思うくらい苦しかったんだね」
と受け止めてほしい。
自分の意見を言われると、相手は聞く姿勢になります。
すると、心がほぐれる前に、緊張してしまうことがあります。
「ちゃんと理解しないと」
「何か返さないと」
「間違えたら否定されるかもしれない」
そんなふうに感じることもあった。これは、僕が経験した、コンサルとクライアントの上下関係のようなもの。
だから、心がほぐれる関わりは、自分の正しさを伝えることではなく、相手の感じている世界にそっと寄り添うことなのだと思います。
人の心は、正しい意見でほぐれるのではなく、否定されずに受け止めてもらえた時に、少しずつほどけていくのです。
未処理の感情は、形を変えて繰り返す
そしてもうひとつ思うのは、根本の感情を処理しないと、また人や場所を変えて同じことを繰り返してしまうということです。
我慢しても繰り返してしまう。
環境を変えても、また同じことで苦しくなる。
人を変えても、また似たような反応をしがち。
それは、意志が弱いからではなく、未処理の感情が残っているからかもしれません。
イライラするからイライラしているのではない。
その奥に、過去にわかってもらえなかった悲しさがあるのかもしれない。
怒っているように見えて、本当は寂しかったのかもしれない。
責めているように見えて、本当は傷ついていたのかもしれない。
今の出来事に反応しているようで、過去の感情が今に重なっていることがある。
注意された時に否定と感じるのも、今の言葉だけが原因ではないのかもしれない。
過去に怒られた時の嫌な気持ち。
失敗した時に責められた感覚。
ちゃんとできないと認めてもらえなかった記憶。
そういうものが、今の言葉に色をつけていることがある。
表面だけ対処しても、またぶり返す
これは、アリの巣に似ていると思いました。
目の前に出てきたアリを一匹ずつ駆除しても、巣が残っていればまた出てくる。
感情も同じで、表面に出てきた怒りやイライラだけを抑えても、根っこの悲しさや寂しさが残っていれば、また形を変えて出てくる。
怒らないようにする。我慢する。
気にしないようにする。別の人と関わる。別の場所に行く。
それも一時的には必要かもしれません。
でも、根っこの感情が未処理のままだと、また同じような場面でぶり返す。
だから大事なのは、目の前のイライラを消すことだけではなく、その奥にある感情を見にいくことなのだと思います。
そこを見ないと、同じことを繰り返してしまう。
変わるより、ほどいていく
だから僕は、これからの自分に必要なのは、無理に変わることではないと思っています。
強い自分になることでもない。
稼げる自分になることでもない。
成功者の型に自分を合わせることでもない。
必要なのは、自分の中に残っている思い込みや未処理の感情を、少しずつほどいていくこと。
怖いなら怖いと感じる。
悲しいなら悲しいと感じる。
弱いなら弱いと認める。
そのうえで、
「それでも自分はどう生きたいのか」
を考えていくこと。
自分の弱さを否定しない。
自分の感情をなかったことにしない。
過去の反応のクセに気づく。
ありのままの自分に戻っていく。
それが、自分を大切にして生きるということなのかもしれません。
まとめ
カウンセリングは、新しい自分に変身するためのものではなく、思い込みで見えなくなった本来の自分に戻っていくためのもの。
弱さは、無理に強さに変えなくていい。
怖いなら怖いでいい。
悲しいなら悲しいでいい。
その感情をそのまま受け止めることから、自分を大切にする生き方は始まるのだと思います。
表面のイライラを我慢するだけでは、また繰り返してしまう。
アリを一匹ずつ駆除しても、巣が残っていればまた出てくるように、未処理の感情が残っていれば、また別の形で顔を出す。
だからこそ、根っこを見る。
自分の感情を責めるのではなく、何を伝えようとしているのかを聞いてみる。
変わるのではなく、戻っていく。
強くなるのではなく、弱さも含めて自分を受け入れる。
僕に必要だったのは、変われる自分になるノウハウではなく、ありのままの自分を大切にして生きる感覚だったのかもしれません。
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